In the 17th episode of “Hikari-kun,” played by Atsushi Iwaura, the regent Fujiwara Michitaka meets his end while holding hands with his beloved wife Takako, played by Yukari Itaya. The scene captures the deep love between Michitaka and Takako, with scriptwriter Shizuka Oishi’s touch evident. The story also delves into the relationship between Takako and their son Ishu, hinting at Michitaka’s unfulfilled desires. The themes of love, loss, and the search for meaning in life are highlighted through the poignant performances and symbolic imagery, leaving a lasting impact on the viewers and actors alike.
ライターI(以下、I):『光君へ』第17話では、井浦新演じる関白・藤原道隆が最期を迎えました。 このシーンに脚本家・大石静さんの愛を感じました。
編集者A(以下、A):道隆さんは、漢籍や和歌に精通した才女・高階多佳子(板谷由夏さん)に深い恋心を抱いていたはずです。 そして、二人の間に生まれたイシュ(演:三浦翔平)の成功を願うのは、貴子への強い思いの表れではないかと思わせる演出だ。 このことを考えると、悲しくなります。
私:藤原兼家(段田安則さん)の側室・泰子(財前直見さん)は、兼家に会うたびに息子・道綱(上地雄輔さん)の出世を願っていました。 子どもに対する母親の気持ちに寄り添うことは、自分自身にそうすることを強制することを意味する場合があります。 貴子の可愛さとイシュの可愛さに圧倒されてしまうのなら、それは間違いだったかもしれない。
A: ちなみに、劇中には登場しませんが、伊秀の異母弟である道頼も、道長(30歳)と同じく25歳の若さで権大納言になっていました…。なぜなら、道隆はかつて臨終の際に、高階多佳子(義道三霜)の詩に「命の終わりが忘れられるまで、今日を最後として生きなければならない」と詠んだからである。 「ともがな」を口ずさみました。 道隆が熱心に貴子を訪ねるようになった頃に交わされた和歌。 後に『百人一首』にも収録された有名な歌です。 この場面でこんな和歌を発表するなんて…。
私:「一生忘れません」…そんな言葉は時間が経つと薄れてしまいます。 だとしたら、この言葉を聞いた瞬間の熱い気持ちを胸に、死にたいという願いを込めた和歌です。
A:道隆さんは最期に「あの時の気持ちを忘れず、今日まで続けてきました」と貴子さんに思いを伝えたそうです。 道隆と貴子の愛の深さを表現しました。
I: ここでそんなやり取りを挟むなんて…ティッシュの準備もしてないのに… それだけでも十分泣けたんですが、もっと驚いたのは、道隆の最後のシーン、庭に咲く花々の間に蝶が飛んでいた。 その前に吉高由里子演じる真尋は『荘子』の「胡蝶の夢」を書写しており、この作品の奥深さに感銘を受けていた。
A: 「胡蝶の夢」について説明したいと思います。 荘子は夢の中で蝶のように飛んだと言われています。 目覚めたとき、夢の中で私は蝶だったのですが、本当に私は蝶で、夢の中で蝶は人間になるのでしょうか? それは存在論的な質問です。 今どこにいるのは夢ですか、それとも現実に起こっていることですか? それが意味するところです。 『古今和歌集』には、「世の中では、夢を見たり用を足したりしても、夢さえもいけない」という誰かが詠んだ歌があります。 まさに蝶の夢の世界です。
I:道隆が絶頂を迎え、病に倒れた後に始まる悲劇。 このシーンは、夢なのか現実なのかわからない状況が俳優にとっても視聴者にとっても強い印象を残したのではないでしょうか。 これは信じられないほどのパフォーマンスでした。 大河史に残る名作として記憶されると思います。
【道隆家の滅亡 次ページに続く】